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横浜お散歩写真レッスン〜いいね!が増える写真術

 

街の何気ない風景がおしゃれな写真に早変わりするのがお散歩写真の魅力です。カメラはスマホでもコンデジでもOK。お散歩写真のコツを学び、インスタグラムのいいね!を増やしてみませんか?

 

横浜在住のプロカメラマンである私アキラが、横浜のお散歩写真スポットをご案内しつつ、身近な撮影対象の見つけ方、対象に応じたカメラの設定、自分らしい撮影スタイルの発見方法をお教えします。

 

新年の福袋のような "何が飛び出すかお楽しみ!!" のレッスンです。映画やドラマの撮影にもたびたび使われるフォトジェニックな街・横浜で、お散歩写真を楽しみましょう。

 

 

 

■ 時間内に提供できること(流れ) 

・15分ほどカフェで打ち合わせ。ヒアリング致します。コースを決めます。 

・60分をお散歩しながら写真を撮ります。 

・15分撮った写真をレビュー致します。

 

■ こんな人におすすめ 

・SNSのいいね!を増やしたい方。 

・何気ない街の風景をおしゃれに撮るコツを知りたい方。 

・横浜の隠れた魅力を知りたい方。

 

■ レッスン可能な時間帯 

・平日、休日共に昼12時から日没まで。

 

■ 購入にあたってのお願い 

・当日のお申し込みはご遠慮願います。3日から1週間前後の余裕を持った日時でお申し込みください。 

・購入申込時に第三希望まで日時をお知らせください。

 

■ よくある質問 

Q. オンラインでのやり取りは可能ですか? 

A. Skype又はFacebookメッセンジャーにてご対応可能です。ご希望の方法をご連絡ください。

 

Q. 延長した場合はどうなりますか? 

A. 特にないです。時間内でおさめましょう。

 

 価格:5千円

 

■お申し込み方法

コンタクト」よりご連絡ください。

 当サイトでご紹介させていただいている写真はこちらでご購入いただけます。

  → Getty Imeges

 

 建築写真の撮影依頼はこちらから承っております。 

  → Houzz

(建築) *写真家*
バウハウス(Bauhaus)の信念、系譜、コンセプトを重んじます。
Life is ART. Danke. 
Less is More, A minimalist. 
Architectural photographer & More. I am a right person for you. 
バウハウス・Bauhausについて
絵画,彫刻,建築,工芸教育に革新的な方法を用いたドイツの総合的造形学校。 1919年に建築家 W.グロピウスによってワイマールに創設された。純粋芸術と工芸技術との総合的発展を目的とし,ドイツ,オーストリアから多くの学生が集まったが,ワイマール市民がその革新性に批判的であったため,1925年にデッサウに,さらに 1932年にベルリンに移転したものの,1933年ナチスにより廃校になった。おもな指導者はグロピウスをはじめ建築家ミース・ファン・デル・ローエ,画家 W.カンディンスキー,P.クレー,L.モホイ=ナジ,L.ファイニンガー,彫刻家,デザイナーの G.マルクス,O.シュレンマーなど。学生は半年間の準備コースを終えて,約3年間各専門の実地教育を受けた。廃校後はモホイ=ナジがシカゴにニュー・バウハウス (デザイン研究所) を創設,グロピウス,ミース・ファン・デル・ローエらも渡米し,アメリカでバウハウスの理念を発展させた。ワイマールとデッサウに残るバウハウスの作品群は,1996年世界遺産の文化遺産に登録。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
1919年に生まれた、ドイツ・ワイマールの美術学校と工芸学校を統合した、総合芸術学校のような教育機関。その存在は教育機関にとどまらず、現代デザインの基礎を築いた、先進的な「総合芸術運動」と捉えることができる。初代校長は建築家のワルター・グロピウス。その基本理念は、産業と芸術の統合を目指す「産業芸術」。またグロピウスは、建築を生活の器として捉え、建築がベースとなって、インテリア・デザイン、グラフィック・デザイン、プロダクト・デザインが生み出されるという発想を持っていた。教育機関であったバウハウスからは、この理念に沿って、カンディンスキー、ミース、リートフェルト、ブロイヤーなど、多岐にわたる分野で優れた人材や作品が輩出された。33年、ナチス・ドイツによって弾圧、閉校。各地に飛散した教員、学生により、教育運動、造形運動、工房活動は全世界に波及する。
バウハウス(〈ドイツ〉Bau haus)
1919年、グロピウスによってワイマールに創立された総合造形学校。33年ナチスの弾圧により閉鎖された。近代建築・デザインの確立に大きな足跡を残した。
1919年にドイツの建築家グロピウスが中心となって創設した芸術学校。本部は初めワイマールにおかれ,1925年デッサウに移った。1932年ナチスの圧迫を受け閉鎖,一時ベルリンに設けられたが1933年解散。
→関連項目アール・デコ|アルバース|石元泰博|ウルム造形大学|型而工房|構成主義|国際様式建築|シュレンマー|チヒョールト|デッサウ|ドイツ工作連盟|バイヤー|バザレリ|原美術館|ビル|ファイニンガー|ブロイヤー|マイヤー|マレービチ|ミース・ファン・デル・ローエ|ランド|リシツキー|ワイマール
1919年,ドイツのワイマールに設立された美術工芸学校。25年デッサウに移り,33年ベルリンでナチスによって解散させられる。同校における教育・造形活動は,近代デザイン,建築に重要な影響をあたえた。
[ワイマール時代]
 バウハウスがワイマールに誕生する一般的な背景には,20世紀のはじめ以来のドイツの建築,工業デザインの発展がある。創設者W.グロピウスはこの新しい傾向のなかでももっとも際だった存在で,ファグス靴工場(1911),ケルンのドイツ工作連盟博覧会(1914)の建築で,新しい建築言語を確立していた。
1919年建築家グロピウスを中心としてワイマールに設立されたドイツの国立総合造形学校。工業技術と芸術の統合を目指した教育と研究が行われ、現代建築・デザインに大きな影響を与えた。33年ナチスの圧迫により閉鎖。
1919年にドイツのワイマールに創立された総合的な造形学校。近代工業と芸術の統合をめざして実験的な教育を試み、後の建築・デザイン・工芸に大きな影響を及ぼした。指導には創立時の校長である建築家バルター・グロピウスをはじめ、画家のワシリー・カンディンスキー、建築家ミース・ファン・デル・ローエなど先鋭的な芸術家があたった。1933 年、ナチスの弾圧により閉鎖。
1919年、建築家ワルター・グロピウスが構想してワイマールに設立した学校。同地にあった美術学校と工芸学校を合併し、新時代へ向けての工芸、デザイン、建築の刷新を図ろうとしたものである。以後、33年にナチス政権によって閉鎖に追い込まれるまで、近代デザインや近代建築の諸問題が検討され、豊かな実りをあげた。工業生産のなかでのデザイン、機能主義に立脚した建築などへの方向づけがバウハウスを拠点にして示されたことが大きくあげられるが、バウハウスの理念はかならずしもこうした意味での近代主義に偏っていたのではなく、今日もなおそこに立ち返らなければならないデザインの基本的な活力をあわせもっている。
 以下割愛。

<種類>

・ロケーション写真

・ミニスタジオ

・スタジオ撮影(アシスタント料金が発生します)

 

<料金>

・1時間〜3時間の撮影の場合  1万円〜4万円
・3時間〜6時間の撮影の場合  3万円〜8万円

 

※アシスタント料金、スタジオレンタル費が別途発生する場合がございます。

 

 <種類>

・イベントや記念日などの記録

 

<料金>

・半日撮影の場合  3万円〜

・丸一日撮影の場合 8万円

・編集費      3万円〜

 

※詳細は要相談

参考事例 / Portfolio